渚滑線・名寄本線
遠軽駅は2025年11月1日に開駅110周年を迎えました。これを記念し遠軽駅では記念入場券を発売しています(3月31日まで)。 デザインは表面はH100が停車している遠軽駅構内、裏面は開駅100周年だった2015年からの遠軽町のあゆみを振り返っています。 他に何か…
遠軽駅の北一そば店、今年4月にせっかく復活したのに、昨日で閉店しました。 いろいろ問題があったようですが、とうとう終わったよ。クラファンまでやっておきながらねぇ。 一度ケチがついたこの件、同じ形での復活はないでしょう。もし復活するならオペレー…
遠軽駅の立ちそばのお店は2019年に一度閉店しましたが、今年4月にクラウドファンディングにより復活しました。 私は5月にお邪魔しています。 okui-m.hatenablog.com お店を任された2代目女将がSNSで突然退職を表明しました。年内には退職となるようで、い…
開盛駅は名寄本線・遠軽駅から2つ目の駅でした。 1915年、鉄道員湧別軽便線の下生田原(現・安国)駅までの延伸に伴い、社名淵(さなふち)駅として開業しています。 湧別軽便線は翌年に下湧別(後の湧別)駅まで開業、1932年には遠軽ー下湧別間が名寄本線と…
廃止された旧名寄本線(名寄ー紋別ー遠軽)、代替バスは3区間に分かれ3社が代替バスを運行しています。そのうち紋別ー遠軽間は北海道北見バス(本社・北見市)と北紋バス(本社・紋別市)の2社が運行しています。 この2社が全区間運行している他に北見バスが…
富丘駅は廃止になった名寄本線にあった駅です。 1956年、富丘仮乗降場として開業、1987年の国鉄分割民営化によって駅に昇格、1989年の名寄本線の廃止と共に富丘駅も廃止になりました。 仮乗降場から始まった駅なので、1面1線の板張りの構造でした。 駅のあっ…
昨日の続きです。 渚滑線・下渚滑ー中渚滑間には十六号線という仮乗降場がありました。場所は15線と17線のバス停の中間でした。 一昨年までは、この国道沿いに「元西」と同じく「16号線」の接近票がありました。が、先日通りがかった時にはそれがなかった…。…
渚滑線は国鉄が設置した正式な駅の他に、濁川ー北見滝ノ上間を除き各駅間に仮乗降場がありました。渚滑ー下渚滑間には「元西(もとにし)仮乗降場」がありました。 “仮乗降場”とは鉄道管理局の判断で設けられた駅で、営業距離は設定されず運賃は次の鉄道駅…
久々に、廃止になった渚滑線の話題を書きます。 渚滑線の列車は起点の渚滑駅を出発すると左に曲がり内陸に向かっていました。曲った先にあるのが渚滑小学校で、線路はその校門と運動場の間を横切っていました。 小学校の敷地内を鉄道が走るとはかなり珍しく…
1903年、天塩線が士別から延伸し開業しました。かつてはここから深名線と名寄本線が伸びており、大層賑わっていました。 私の一番の想い出は急行「紋別」で往来したこと。 渚滑線・北見滝ノ上駅を早朝5時台の始発で出発、渚滑駅で急行「紋別」に乗り換えま…
駅名に“名寄”とありますが、所在地は下川町です。 開業は名寄線(当時)が下川まで開通したと同時の1919年10月20日。当時、ここがいかに栄えていたのかわかりますね。 駅の痕跡は何もありません。国道沿いの「上名寄12線」の前に駅名板のレプリカがあります…
廃止になった名寄本線の、名寄の隣の駅です。 1947月9月21日、仮乗降場として開業、1950年1月15日に駅に昇格しました。1989年5月1日に名寄本線の廃止とともに駅も廃止になっています。 ウィキペディアによると荷物扱いもしていたらしい。 プレハブの駅舎が…
国道273号線を上渚滑から滝上方面へ向かい渚滑川を渡ってしばし。 国道がカーブする、その内側にこの碑はあります。 ここには渚滑線の奥東仮乗降場がありました。 さてこのあたりに最初の学校ができたのは明治41年4月12日、 当時の渚滑村により「渚滑第二教…
沼の上駅跡から紋別に向かい数キロ、小向の市街地があります。 国道から曲がってすぐのところにあるのが小向駅跡。 開業は1921年、廃止は1989年で沼の上駅と同じです。 この駅も沼の上駅と同じ私の記憶に中では2面2線の交換可能駅でしたが、 これは沼の上駅…
湧別駅と同じ、廃止になった名寄本線にあった駅の跡です。 開業は1921(大10)年。 この当時は道央から網走まで行くには今の石北本線は開通しておらず、 旭川から名寄、紋別、そして遠軽経由という遠回りをしていました。 沼の上駅開業当時は道央から網走ま…
廃止になった名寄本線の湧別駅。 名寄ー遠軽間の本線にある中湧別から分かれた、延長4.9㎞の枝線の終点にありました。 途中には四号線(しごうせん・当初は仮乗降場)駅がありました。 ここにやってくる列車は1日2往復だけ。 そのため私も中湧別―湧別間は1度…
廃止された渚滑線・上渚滑駅。 渚滑線の中では北見滝ノ上駅に次ぐ乗降人員を誇っていました(多分)。 今でもそれなりの市街地を形成しているのは元上渚滑村の中心だった証。 駅の跡地は「上渚滑町民センター」となり、 その横にはバス待合室と「鉄道資料室…
昭和60年3月31日の運転をもって廃止された渚滑線の終点・北見滝ノ上駅。 私の実家の最寄り駅でもありました。 駅舎は今でも残っており、記念館として保存・公開されています。 外観は当時のまま、位置は現役当時より少し後ろに下げられています。 終着駅なの…
紋別市に本社がある北紋バスは同市内で2路線の“市内線”を運行しています。 「北循環線」と「南循環線」ですがこれは従来の市内路線4路線を再編したもの。 21年10月に試験運行が始まり23年4月から本格運行に移行しました。 27年度(10月~9月)の実績が報告さ…
紋別市は昭和29年7月1日に旧紋別町、渚滑村、上渚滑村が合併して成立しました。 当時、それを記念した市街地図が発行されました。 その地図を復刻し発売しています(500円)。 発売元は北海民友新聞社、販売は同社窓口とタウンショップ栄ー夢(オホーツク氷…
ホワイトペッパーは紋別で偶然見つけたフリーペーパーです。 発行は地元で「北海民友新聞」を発行する北海民友新聞社でB2版変形4ページフルカラー、 月2回刊で発行部数は25000部、配布エリアは雄武から佐呂間まで。 紋別市内宅配率は90%、渚滑と元紋別中心…
JR北海道は来年3月のダイヤ改正で留萌本線の一部廃線をはじめ、 駅の廃止・無人化、閑散区間の減便を関係各方面へ提示しています。 毎日すこしずつ、情報が流れてきていますね。 これに対し地元では、反発や諦めなど様々な声が伝えられています。 これにつ…
廃止になった名寄本線の中湧別駅跡に整備されました。 場所は道の駅「かみゆうべつ温泉チューリップの湯」に隣接しています。 駅舎は解体されましたが木造跨線橋とレール、ホームが残され、 除雪用モーターカーと車掌車が保存されています。 ホームは“国鉄”…
私が滝上の実家にいた頃、最も早く旭川や札幌に行く手段は急行「紋別」に乗ること。 北見滝ノ上駅を早朝5時半頃に出発、渚滑駅で急行「紋別」に乗り換え、 名寄経由で道央に向うと旭川には10時頃、札幌には12時頃に着きました。 急行「紋別」は名寄本線の最…
私が「やまべ寿司」を知ったきっかけは「京王百貨店駅弁チーム」(光文社新書)。 そこには『廃線駅弁の復刻』という企画があり、そこで上興部駅の「やまべ寿司」に目をつけたとあります。 そして紆余曲折があり平成9年の「駅弁大会」で「やまべ寿司」は復活…
ある調べ物をしていたら偶然、西興部村の歴史に目が留まりました。 廃止になった名寄本線・上興部駅でかつて売られていた駅弁、「やまべ寿司」について。 これは上興部駅で大正14年(13年の説もあり)から昭和36年まで売られていた駅弁です。 まずは当時の名…
遠軽町から名寄市までを結び平成元年に廃止になった旧名寄本線。 代替バスは名寄ー興部間は名士バス、興部ー紋別間は北紋バス、 紋別ー遠軽間は北紋バスと北海道北見バスが運行しています。 この路線もご多分に漏れず利用客が年々減少しています。 そこで利…
国鉄時代の往復乗車券です。 とはいっても専用の往復乗車券ではなく、 普通の片道乗車券に「往復」のスタンプを押したもの。 これで「北見滝ノ上→北見」の普通乗車券が2枚発売されましたが、 北見から乗る時もこれを提示すれば乗ることができました。 ちなみ…
昭和51(1976)年10月6日付け、渚滑線・濁川ー北見滝ノ上間の往復乗車券です。 手書き。 昔の国鉄にはいろいろな書式の切符がありました。 今はほとんどバリエーションがなくてつまらない。 運賃は往復で80円(大人)。 この区間は3.3kmなので今のJR北海道な…
昨日の続きです。 渚滑線廃止の時の乗車証明書です。 昨日も書きましたが、この時私は乗っていません。 なのでこれは誰かから譲り受けたもの。 でも誰から譲り受けたかは思い出せない…。 この証明書の日付を見ると、60年3月26日になっています。 渚滑線に最…